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 「マラニックの春」 

 季節は梅で始まり、ハクモクレン、桜・・と色鮮やかな花々が次々に登場。それらに魅せられたのか、寒風のなかゴール目指してスピードを落とすまいと懸命になっていた走者は、花に魅せられ、しだいに走るスピードは落ち、いつしか花の香りで立ち止まる。そして、これからは新緑に誘われ、もっとゆっくり走ってみたい気分なってしまう。
 そこで、「春はマラニック」走りがゆっくりとなり、歩きを取り入れ、そして立ち止まり、俳句を一句詠めば、マラニックの世界。
『ランニングの世界21号』は、4月1日に発刊になりましたが、特集は「楽しきかなマラニック」表紙も、我々の友の会主催で行った隅田川の桜並木マラニックを走る走友の笑顔を載せました。
 マラソンのようなロングランの大会は我が国の四季のふさわしさを生かさなければなりません。フルマラソンを歩かず完走する大会とすれば、春には走り歩きを組み合わせたマラニック大会とする。それぞれの走り方の特性に従えば、若々しく走るランナーは42.195㎞を歩かず完走をめざし、僕のように老いたるランナーは走る人生にもっと豊かに美しさを楽しもうと、歩き走りのマラニックとすればいいと思えてきます。
 この21号には、「競わず頑張らず、楽しく走る、そんなマラニック人が魅かれていくのは、自然の流れだろう。マラニックが、忘れてしまったゆとりを思い出させてくれる」と、かつてオーストラリア大陸横断に挑み、今年の4月も岡山で歴史街道マラニックを主宰する村松達也さんの言葉が載っています。
 マラソンブームと言われ全国各地でフルマラソンを謳歌する今日、「息切れよりは会話で、もっとゆっくり自然を愛する走者になる時がやってきましたね」と語り合う春にしたいものです。
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ランニングの世界・友の会の皆様


 新年の始まりから、厳冬の季。いかなる走りでしょうか。
 「今年こそ、毎日休まず走ってみよう」と決意した方も多いではありませんか。しかし、「元旦から17日間は走り続けたのですが、あの雪で3日間休んでしまいました」と、少々淋しげな表情で語る前橋の走友もいます。「そうか」雪のほとんど降らない乾いた大地の群馬では、雪降れば、走れない→休みだという公式が生まれてくるのです。そこで、この3日前、北海道に行ってきた僕には、ニコリとスマイルで説き始めました(退職してもやはり、心は教師なのですね)
 「札幌の夜の街をほろ酔い気分で歩いていた時、雪と氷の道で滑った時、歩き方が悪いんですよ、埼玉の熊谷育ちの教え子が自慢げに言うのです。踵から着地しては滑るのです。歩幅を縮めて足裏全体で着地して、足先の方でキックするのです。やってみれば、なるほど足を滑らすこともなく、スタスタと歩けるではありませんか。これは、北の国の人たちがつくりあげた『雪道歩き技法』なんですね」
 その翌朝、札幌駅前の北海道大学のキャンパスに出かけ、除雪された歩道の雪道を『雪道歩き技法』で歩きました。そして、同じような技法で走ってみれば走れるのです。いつもよりゆっくりとしたスピードですが、リズミカルに快適。いつしか白い風景の一員となった気分で新鮮なモーニングランになったのです。
 前橋の自宅に帰れば、20センチ以上の雪。そこで、近くの広いグランド出かけて、北海道で身につけた走る技法を生かしてモーニングランをしようと張り切りました。グランドは芝生の1周400mと広いのですが、今朝は真っ白。走れないと思いつつ走ってみれば雪が氷点下の気温でやや固くなり、まるで砂のようではありませんか。いや、砂浜よりは粒が大きいので、シューズでも走りやすいのです。着地は足裏全体、キックはつま先の方と切り分けて足を動かせればスローランニングができるではありませんか。しだいに体は暖かく、雪の小さな粒が朝陽で輝き、体を起こしてみれば遠くに谷川岳や三国連峰の澄み切った白色の峰が見え、身も心も弾み、時間は5分、10分と延びていきました。
 自然がたとえ厳しくても、走者が新しい走りを探そうとすれば、新しい感覚と技法を与えてくれると嬉しくなってきました。  今年もこんな年にしたいものです。(2016.1.24記) 
P1010014.jpg

写真は雪の北海道大学構内


ランニングの世界   季節の走り   山西哲郎

 2015年 師走
 時は流れ、季節は移り、走者の走る感覚も日々変わり、今年はあとわずか。
「走ると生きていることを感じるな。不安なことが自分からも、他からも出てくるが、走っているときだけがほんの少しでも、今日も、しっかり過ごしてみようかと希望が湧いてきましたね」
このような言葉が、大地の走者から聞こえてきます。

雑誌「ランニングの世界」は創刊から、年に2回発刊して10年、20冊が世に出ました。
編集委員が、「今回は走ることの何を主張しようか、皆に何を書いてもらおうか」と多くの方に執筆をお願いして作り、出来立ての書物を、まだ見ぬ恋人のような人たちに向かって送り出す。
この愛する書を、無数の走る人たちに、いや走らない人でも手に取って読んでもらうことは、心躍ることであると同時に、これを通してお話をして、一緒に走ってみたいと常に思ってきました。そして、これからもそう思っていきたいのです。

走ることは生きること。生きることは走ること。
もうわずかの日々に、新しき年の希望と力を見出そうと、「新しい朝が来た」と路上の人となって走ります。
冬の何もない枯れた道こそ精神の走る世界なり
                  2015.12.22記

大地の暖かさ

陽光で春の始まりを感じ、風のなかに暖かさを見つける春。そして、草地や砂地を歩み足からしっかり春を知る私たち。
少年の頃、自宅に近い鳥取砂丘の雪が消え、湿った砂がしだいに乾き始めると、僕は友達と一緒に素足になって走りました。でも、砂はまだ冷たく、つま先立ちで歩いていると「おーい、ここは温かいぞ」と、友の声。光をいっぱい浴びている砂地は足裏の温覚を目覚めさせ、「春が来たぞ」と足の声。10本の指は砂をしっかり掴むようにのびやかに広がり、砂が触れる土踏まずも伸びて、次第に足から脚の筋肉へと力が伝わり、砂丘をどんどん走ることができました。

今朝、春の陽射しを浴びながら歩き走って体が暖まり、まだ枯れた芝草地を見つけると子供の頃を思い出し、早速、素足になると芝生がホカホカと暖かく足を包み込みます。

日本が初めてオリンピックに参加したのは1912年のストックホルム大会。まだ、スポーツが国際的レベルに達していないときでしたが、陸上競技の短距離に三島弥彦、マラソンに金栗四三の2名だけが選手として出場しましたが、マラソンのレベルは世界に引け取らないほどでした。しかし、金栗選手は大会では暑さのために意識もうろうとなって自分の走りができず途中棄権をしてしまいました。でも、帰国後、金栗さんはマラソンレースで驚異的な世界記録を出すと同時に、多くのランナーに呼びかけて、日本の初めての駅伝競走である遷都50周年東海道五十三次駅伝競走をはじめ、各地で駅伝や日光から東京までの130㎞の長距離走や富士登山競走など、次々と大会を開催できたのは、当時からランニングにふさわしい脚力をもった風土や生活スタイルであったことがうかがわれます。

日本は山が多く起伏に富んだ土の道を草履や草鞋、足袋、下駄といった素足かそれに近い履物で日々良く歩く生活でした。特に子どもたちは素足でよく遊んでいました。それが長距離走を走るに適した資質を創ってくれたから、今でもマラソン大好きな人たちが多いのです。現在、なぜケニアやエチオピアのマラソンが強いかを調べてみれば、遺伝的な面よりむしろ、学校に10km以上の道のりを素足で歩き走り通う生活から生じていることが判り、昔の足腰の強いかつての日本人によく似ています。

ならば、この春、柔らかい草地の道を少し底の薄いシューズを履き歩き、芝地や砂地でもあれば素足となってゆっくり走れば春が自然の生き物を再生するようにわれらも足から元気復活を与えられると感じてきます。

足は第二の心臓なり。

7月の走る言葉

 夏は風となって走りたくなる季節。6月は、いつもの年の蒸し暑さはなく、まるで北海道か、ヨーロッパで感じるような湿気のない涼しい風が膚に触れ、心地よいランニングを楽しむことができました。こんな時、大会に出ようかとか、記録を追って走るよりは、この自然が与えてくれる五感から満喫できる走る喜びをさらに豊かにしようと思いつつ走りたくなるものです。
 でも、膚から生じる汗は次第に増えてきています。それは、冬に閉じこもっていた汗腺が開き、動きと日々高くなってくる温度で上がりがちな体温を、汗による冷却によって過度にならぬように対応してくれる我が体の生理的努力を知ることができます。
 夏は自然人になるとき。薄着で膚を露わにして、光や風を浴び、時には水をかけ、自然と一緒になって走ろうと仕掛けます。涼しい朝、木陰の下、川辺の道、草地のトレイル、素足での芝地・・と、涼しさを慕い求めながら走る楽しさの工夫。部屋の中で人工的に温度や湿度を調整するよりは、暑さを自らの自然力によって、しだいに、若々しい走りがダイナミックな夏を与えてくれ、野生のランナーになって来る時です。
 もし、ロングランをやりたいならば、足裏が焼けつくような地べたを這って走るのではなく、自転車で地面から高く離れたペダルとサドルの体を置き、走よりは2,3倍強い風が肌に当たり、いつもの走る時間が2,3倍も延びてとなって、一層、スタミナが快適にできているから不思議です。
  夏、いろいろな走り、いろいろな動き、いろいろな自然によって、体いっぱいランニング力を身につければ、秋の涼しい風が吹き始めると、急に足が前に前に進む。それは、きっと、豊かにに積み上げた走りが稲穂のように実った時なのでしょう。

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